夢みる蝶は遊飛する
「本当にいいの?」
私は頷いた。
夏希さんは数日前、父の意識がなくなった日から病院に泊まり込んでいるらしい。
少しでも長い間一緒にいられるように、と彼女は私も泊まれるように配慮してくれようとしたけれど、私はそれを断った。
「ホテルを取ってあるので」
そう言って私は、最後に瞳を閉じた父の顔をもう一度見つめてから、病室を後にした。
夜でも明るい東京の街を、人を避けながら歩く。
吐いた息は白かったけれど、それもすぐに大気と混じり合って溶けてしまった。
指先は感覚がなくなるほど冷えていたけれど、不思議と寒さは感じなかった。
本当は今晩泊まる場所など手配していなかったけれど、この街にはホテル以外でも夜を明かせるところなどいくらでもある。
もしホテルが見つからなくても、困ることはない。
首が痛くなるほど見上げても、夜空には星ひとつ見えなかった。
雲などないのに星が見えないということは、自ら見つからないように星たちが隠れているのだろうか。
色とりどりのネオンが目に痛くて、顔をしかめて俯いた。