夢みる蝶は遊飛する
ノックをし忘れたことに気がついたのは、戸を開けてからだった。
ベッドで眠る父に背を向けて、窓際に立つ夏希さん。
私からは、その表情を見ることはできない。
ただ、差し込む光に溶けてしまいそうなその姿が、とても儚げだった。
「そういえば、父の家族・・・両親とか、には知らせなくていいんですか?」
私と夏希さんは、ベットの両側に向かい合うようにして座っていた。
私は父の両親に会ったことはない。
母方の祖父母にだって、母の死後に初めて会ったのだから。
両親とも、自分の話はあまりしなかったように記憶している。
だから私は訊かなかったし知りたいと思ったこともなかった。
私にとって大切な人は両親だけで、もっとも恐れていたことは、両親と一緒にいられなくなることだったから。
再び捨てられることを、私は恐れていたのだ。
いつ、必要がないと言われるのか、それだけがこわかった。
「それも、彼の意思なの。お父様は亡くなられてるみたいだけど、お母様には絶対に連絡するなって。看取ってほしくなんかないって」
ため息とともに吐きだされた言葉に、眉をひそめた。
それならば。
ますます、自分がここにいる意味がわからない。
父と過ごした時間など、私の知る限りでは十年にも満たないのだ。
その何倍もの時間をともに過ごしたはずの自分の母親を呼ばずに、どうして私なのだろう。