夢みる蝶は遊飛する
「でも、彼の弟だけは知ってるわ。五歳下の弟さんだけ」
その言葉に、伏せていた視線を上げる。
驚いた私のその行動に、夏希さんはわずかに首をかしげた。
「・・・・初めて知りました。父に、兄弟がいたこと」
さらに言えば、父の父親、つまり私の祖父にあたる人物が亡くなっていることも。
本当に、自分はなにも知らなかったのだとわかった。
母に姉がいたことも、母の死後知ったことだ。
私は自分について以上に、両親のことを知らない。
「その弟さんにも口止めしてるみたい。お母様の知るところとならないように。
だから・・・自分が死んだら弟を呼んでくれって。だから、彼が・・・亡くなるまでは決して誰もここには来ないのよ」
父も、なにかを抱えているのだと、そう思った。
“全部終わったら、すべて話すわ”
彼女のその言葉が、耳から離れない。
考えれば考えるほど、その“すべて”の内容が気になって仕方なかった。
けれど、知るのが怖いと思う自分もいた。
曖昧すぎる私の存在は、真実をぼんやりと覆い隠してしまう。
私はいつまで無知に怯え、いつまで真実を知ることを渇望しつづけるのだろうか。