夢みる蝶は遊飛する
窓から差し込む夕陽が、病室内を紅く、悲しみの色に染め上げている。
その瞬間は、訪れようとしていた。
あまりにも、早すぎて。
だって、私が東京に来てから、まだ二日も経っていない。
父が私に会うために最期の力を振り絞って命を延ばしたのだと、思わずにはいられなかった。
ビル群に沈む太陽は、まるで燃え尽きまいと必死に叫ぶ父の魂のようだった。
右手を、夏希さんがしっかりと握っていた。
父の手に頬擦りしながら雅人さん、雅人さんと呟いている。
骨と皮だけの、萎んでしまったように小さな左手は、私の両手の中にある。
この手に頭を撫でられたくて、私は必死に戦ってきたのだ。
学校のテストの結果にも、通知表にも興味を示さなかった父。
ただ、私がバスケで父の求めるだけの成果が挙げられたとき、父は大きな手で私の髪をかき混ぜるように頭を撫でてくれた。
“よくやったな、亜美”
コーチにパスが的確で完璧だとか、隙のないディフェンスだとか、最強の3ポイントシューターだとか言われるよりも、その一言が嬉しかったのだ。
いつも仏頂面の父が、その瞬間だけ表情を和らげるのを知っているから。
私の幸せだった記憶にはいつも、父の手と、少し細められた優しげな瞳があった。