夢みる蝶は遊飛する
異変に気づいたのは私だった。
父の寝顔を例のごとく丸椅子に座って眺めていた私は、その眉がぴくりと動いたのを見た。
もしかしたら意識が戻るのかもしれないと、ありえない期待をしてしまった。
その直後、父の繋がれている機械が、けたたましい音を鳴り響かせはじめたのだ。
不安を煽る甲高い音に、私の心臓が、ひきつれるように痛んだ。
素早く反応した夏希さんがナースコールで看護師に何かを話しているのを、私はただ呆然と見つめていた。
驚いた拍子に自分が椅子から転がり落ちたことすらも気づかず、私は走り込んできた看護師に声をかけられるまで、冷たい床の上で座り込んでいた。
続いて慌ただしく入ってきた医師が、看護師に指示を出す。
なんとか立ち上がったものの、壁にもたれていなければ今にも倒れてしまいそうなほど、足が震えていた。
目を背けたいのに、私の視線は父に縫いつけられたように外すことはできなかった。
じっとりとした気持ちの悪い汗をかいていることに気がついたけれど、それを拭うこともできずに、ただ父を見つめていた。
目の前にちらつかされた“死”という言葉が私の傷からしみ込んできて、どんどん汚染していく。
恐怖が私をのみこんでいく。
絶望に、支配されていく。
看護師に、一度外に出ているように言われ、夏希さんに促されるままに、思うように動かない足を叱咤して、いまだ機械がうるさく鳴りつづけるその部屋を出た。