夢みる蝶は遊飛する
倒れこむように長椅子に座る。
その衝撃で位置がずれた長椅子の脚が床を擦る音が、どこかとても遠くのもののように感じた。
近くにいる夏希さんの存在など考えてもいられないほど、私の心は精一杯で。
息苦しくて、肩を大きく揺らして呼吸をしていた。
喉よりももっと奥、もっと私の心に近い部分で、なにかがつかえているような感覚だった。
まわりの音はなにも耳に入らないのに、自分の呼吸音だけはなぜか鮮明に聞こえて耳障りだった。
そして、私は見開いた瞳の奥で、母が亡くなった日のことを考えていた。
胸騒ぎとともに目覚めたあの日。
家の中のどこを探してもいない母。
濃い木目調のダイニングテーブルに置いてあるふたつの封筒。
そのうちのひとつには、私の名前が母の美しい文字で書かれていた。
胸騒ぎは、恐怖をともなった予感へ、そして最悪の結果へと。
紅く、紅い鮮血と、青白い母の顔を思い出す。
“いやあああっ”
“お母さん、おかあさんっ”
“置いていかないで、ひとりにしないで”