夢みる蝶は遊飛する
「大きく見えたよ、兄さんの背中は。わたしとは違う、精悍な体つき。まあ、頭の中まで筋肉に侵食されていたんだろうね」
さも愉快そうに叔父は笑う。
その頃の父の姿を想像してみると、胸になにかつかえているような息苦しさに襲われた。
まるで骨が軋んでいるような、身体の奥、けれど肉体的なものではない痛みとともに。
懐古の念は、時として凶器にもなりうるのだと思った。
叔父の言葉を借りるなら“頭の中まで筋肉”だった父。
バスケを始める前まで品行方正、成績優秀だった父のあまりの変貌ぶりに、とうとう両親が立ち上がった。
お前は、ゆくゆくは長谷川家と会社を背負う立場になるのだと。
たかがボール遊びに割く時間はないのだと。
毎日しつこいほどに説得にあたったそうだ。
そして、ついに父は限界に達し、ある決意をした。
主に特待生が暮らしている皇ヶ丘学園の寮。
そこへ父は勝手に入寮手続きをとったのだ。
何日かに分けて隠れて荷物を運び、ある日突然帰って来なくなった。
休日に部活に行くと言って家を出て、部活を終えたらそのまま学園近くの寮へ。
寮の共同の緑電話から自宅へと父がかけてきた電話をとったのは叔父だった。