夢みる蝶は遊飛する
「ただ一言だけ言って切られたよ。
“もう家には戻らない”
あの時ほど兄さんを尊敬したことはないよ。いつでもわたしの自慢の兄だった」
その時父は中等部三年生、15歳だった。
自分を型にはめて、用意した道を歩く以外のことを許そうとはしない家族と決別し、父はバスケで生きて行く道を選んだ。
一芸で生き抜くことがどんなに大変か、まだ知らなかった。
ただひたすら夢を追いかけていた父には、現実が見えていなかった。
バスケのために生き、約束された未来を捨てた父。
それがなんだか、無性に悲しかった。
父が憧れのバスケ選手になれなかったことを知っているからかもしれない。
父が道半ばで挫折したからこそ、私はたぶん、私として今ここに生きているのだとわかっていても、悲しかった。
夢への道を断たれることがどれほど辛いことか、私には痛いくらいわかるから。
「兄さんは、わたしにだけは内緒で連絡をくれていたんだ。携帯がまだない時代だから、友人のふりをして家に電話をかけてきて。いつも言っていた。俺が好き勝手やっているからお前に皺寄せがいく、申し訳ないって。
でも幸いね、わたしには夢中になれるものも趣味も特技もなかったから、勉強さえしていればいいという生活がそこまで嫌ではなかった」