夢みる蝶は遊飛する
物心ついたときには、私はすでに施設の中で生活していた。
『東京愛児園』という名の、児童養護施設で。
もうその頃の記憶は薄れている。
けれど、鮮明に覚えている部分もある。
いつも使っていた毛布の色。
プラスチックの食器の底に描かれたキャラクターの絵。
障子を破って怒られた日のこと。
クレヨンの取り合いで引っ掻かれた頬。
園庭で育てたさつまいもで作ったスイートポテトの味。
職員にねだって読んでもらっていたお気に入りの絵本。
けれどそこには、両親の姿はなかった。
私にとっての“おかあさん”と“おとうさん”は、施設で暮らす私に、たまに会いに来てくれる大人だった。
一緒に出かけたこともある。
二人の暮らす家に泊まったこともある。
けれど、頻繁に会えるわけではなかった。
それでも私の心の中には本能的に、両親に対する幼い愛情が芽生えていた。