夢みる蝶は遊飛する
スピーカーからチャイムの音が流れ、休み時間になった。
トイレに行こうと、ハンカチを持って席を立つ。
この学校のトイレは、正直なことを言うとあまり使用したくはない。
汚いからだ。
私が以前通っていた皇ヶ丘学園は私立だったため、掃除はすべて業者に委託していた。
私立の学校がすべてそのようにしているかは、わからないけれど。
そのため、トイレであろうと手洗い場であろうと、カビひとつなく綺麗に保たれていたのだ。
田舎の公立高校だから、仕方がない。
漂う悪臭に、無意識に顔をしかめていたことに気づき、筋肉を緩めた。
こんなことがこれからずっと続くのかと思うと、それだけで憂欝だった。
教室に戻ると、須賀くんはまだ寝ていた。
茶色っぽい髪が日光に透けて、金色に輝いていて綺麗だと思う。
私が席に座ると、椅子を引く音で目覚めたのか、須賀くんが身体を起こした。
しばらくぼんやりしていた彼が、はっとしたように急にこちらを向いた。
「高橋さんっ! お願い、今のノート見せて!」
今まで私に勉強のことでなにかを頼んでくる人など一人もいなかったため、そのやりとりがとても新鮮に感じられた。
顔の前で手を合わせ、頭を下げる彼を数秒間見つめたあと、了承の返事を告げた。
「うん、いいよ」
そのときに自然と漏れた笑顔は、作ったものではなかった。