夢みる蝶は遊飛する

「でもね、悲しみとかはもうないけど、父のことを忘れたわけじゃない」


まるで私の心を読んだかのような言葉だった。

「心の中で生きつづけるって、よく言うじゃない。まさにそれ。いつまでもきっとあの人はあの人のままで生きてるの」


心の中で生きつづける。

そうだ。

父も母も、私の心の中で生きている。

死は、終わりでありはじまりなのだから。



「悲しみは、喜びでは埋められないわ。悲しみは、喜びではごまかされないの。悲しみ以上の喜びを得たところで、悲しみがなくなるわけじゃないのよ」


先生がこちらを見ているような気がして、私は顔を上げることができなかった。


「いつまでも悲しんでいる必要はないけど、悲しみも、大切な人のことを大事な思い出にするためには必要だと、私は思ってる。
なにかあるなら、話を聞くけど?」


そう言った先生の顔は、教師の顔ではなかった。

父親を亡くした、ただの娘の顔をしていた。


< 370 / 681 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop