夢みる蝶は遊飛する
スポンジはすでに冷めていて、しっとりとしていた。
生クリームを泡立てるか、トッピングの苺を切るか。
そのどちらを私にやらせるべきかを沙世は散々悩み、結局私は後者を任された。
苺の形が不揃いになることよりも、ダイニングが飛び散った生クリームまみれになる方が重大だと判断したらしい。
くれぐれも怪我をしないようにと念を押されて、私は慎重に苺に刃を滑らせた。
「あっ!」
私が短く声を上げると、沙世が慌ててハンドミキサーのスイッチを切って私の手元を覗き込む。
「手切ったの!?」
「ううん。ちょっと苺が転がっただけ」
そう言うと沙世はまた生クリームを泡立てはじめる。
そのやりとりを三回繰り返し、やっとスポンジをデコレートする準備が整った。
沙世がやたらと疲れた顔をしていたのは、私のせいではないと思いたい。