夢みる蝶は遊飛する

「俺が前に、先輩の傷を暴いて、さらに傷つけようとしたとき、先輩は見抜いてましたよね。それで、怒るわけでも泣くわけでもなく、一言で切り捨てたじゃないですか」


“残念ね”と、その一言で。


「叶わないと思いました。俺に、先輩を傷つけることは無理だ、とも」

「そんなことない。虚勢を張ってただけで、本当は、薄くんの言葉をすごく気にしてた」


父の死から一ヶ月が経ち、その存在が胸を占める割合が毎日、ほんの少しずつ小さくなっていった頃。

それを掘り返されるとは思ってもいなかったから。

私の心を守るのは、卵の殻のようなとても脆い壁。

どんなに補強しても、それを壊される恐怖にいつも怯えている。

今でも、ときどき理由のない不安に襲われて、動けなくなるときがある。


「あの時のことを謝ってなかったのを、ずっと後悔してました。
本当に、すみませんでした」


彼よりも背の低い私に、そのつむじが見えるほど。

深く頭を下げたその姿はとても潔かった。


「ううん。だって私もあのとき、薄くんにひどいことをたくさん言ったでしょう?」

「でも、あれは俺のためですよね。俺があいつとちゃんと向き合えるように、わざと突き放した言い方をして」


否定も肯定もせずに、微笑んだ。

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