旦那様は社長 *②巻*
「冗談ですよ、冗談に決まってるじゃないですか」
「あはは」と敬吾は大口を開け、何事もなかったかのように笑った。
一瞬、あたしの心臓はドキッと大きな音を立てる。
だって……
本当にあの頃と変わらない顔で、敬吾が笑うからーー……
「社長、大変失礼しました。あまりにも光姫さんがお綺麗で、見とれてしまっただけです」
「そうか……」
社長の声からは、まだ少し腑に落ちていない様子が伺えた。
その事が気にはなったものの、次の瞬間、敬吾の視線があたしに向けられ、あたしの頭から社長のことがスーッと消えてしまった。
「光姫さんも、すみません。婚約者とか……変なことを言ってしまって」
「え、あっ……気にしてませんから、大丈夫ですよ」
敬吾が何を考えているのか、まったく読めない。
少し探るような、ぎこちない笑顔を返すことしかできなかった。
「佐倉くん、下の名前は?」
「え?あ……敬吾です。佐倉敬吾と言います」
「敬吾……」
敬吾の名前を復唱しながら、社長はどこか一点を見つめて瞬きすら止めてしまった。
「……社長?」
あたしの元婚約者の名前までは、社長に話したことはない。
それなのに、どうして社長が“敬吾”という名前に反応したのか……あたしは何も気づいていなかった。