旦那様は社長 *②巻*
まさか、敬吾があたしの目の前に現れたことが、偶然じゃなかったなんて……この時のあたしに想像できるはずもなかった。
敬吾でさえも……
何も知らされていなかったのだから。
社長は相変わらずどこか一点に集中していて、周りの音なんてまったく耳に入っていないようだった。
「社長、私の名前に何か……?」
ちらちらとあたしに視線をやりながら、敬吾も社長の異変に気づいていた。
「いや……藤堂がこっちで任務を忘れて女漬けにならないよう、しっかり見張ってくれ」
そう言うと社長は、いつもの自信に満ちた微笑みを浮かべた。
「おい悠河、何だよその言いぐさは。それが人に物を頼む時の態度か?
お前、オレの力が必要なんじゃねぇのかよ?知らんぞ、オレは」
「ははっ。まあ、そう言うなよ。お前のことは信用してんだからな、オレは。宜しく頼むよ」
少しへそを曲げてしまった藤堂さんをなだめる社長。
そんな社長に、藤堂さんはブーブーと文句を言いながらも、その顔は嬉しそうに笑っていた。
2人が楽しそうにじゃれあってる姿を見て、なんだかあたしも可笑しくなって、ぷっと吹き出してしまった。
気づいたら、笑っている敬吾と目があって、一瞬あたしたちの間の時間が止まる。
敬吾はあたしに何かを言いかけ、少し口を開いたけど、すぐにそれを閉じてどこか切なそうに笑った。
あたしも素直に微笑み返したものの、敬吾が何を言いかけたのか気になって仕方がない。
どうして敬吾がここにいるのか、さっきはどうして“婚約者”という言葉を発したのか。
……でも、その疑問は数日後あたしに知らされた。