禁断のドラムヴィーナス

「何あれ。キモ。『乃木坂春香の秘密』だっけ。オタよね~。」
中二の七月のある日。私の片手に握られた文庫本を見て、クラスメイトに初めて仲間外れにされた。アキバ系の何が悪いのか、アキバ系の何を分かって言っているのか、分からない。私はただ、竜矢の好きだった小説を、知ろうとしただけなのに。なのになぜ毎日毎日、クラスメイトに距離を置かれなきゃいけないのか分からない。アキバ系の全てを批判するクラスメイトが、私は許せなかった。まるで、竜矢のことを、竜矢の存在を、馬鹿にしているようで。掻き消されているようで。だから私は、奴らにアキバ系の存在を批判したことを謝らせようと、ヤンキーになった。私の噂は、すぐにヤンキー達に広まっていった。学校ではそこまでヤンキーっぷりを発揮していたわけじゃ無いのに、クラスメイトのヤンキー達は、私を一目見ると、一目散に逃げて行った。私のような偽りの強さと地位じゃなくて、本物の強さと地位を持っているヤンキー達に、私は頭をあげることが出来なかった。他の軍団の奴らに『くらげ姫』と呼ばれるようにまでなった。私はあの時どうしてまともな道を、選べなかったのだろう。あの時どうして羞恥を捨てたのだろう。私を支えてくれる人は、竜矢の他にも沢山いたのに。その救いの手を、なぜ振り払ってしまったのだろう。私が悲しみを背負うだけで、良かったのに。
「仄佳、何やってるの?止めて。生きて。」
私の傷を、その温かい温もりで包んでくれたのは、まぎれもなく閖佳だった。多分、相手が閖佳じゃなかったら、私は今ここにいない。私は、その時、閖佳との強い絆を感じたんだ。

その後ヤンキーになった事情を話して、閖佳に頭を下げた。私は閖佳を失ってもおかしくないことをした。だから私から離れて良いよ、と涙ながらに語った。だけど、閖佳は一歩もその場を動こうとしなかった。私の近くにしゃがみこんで、優しく温かく、私の傷を撫でた。彼女が撫でた傷痕はいつの間にか、痛みを感じなくなっていた。

ねぇ、竜矢、閖佳。
あの日、ヤンキーになる道を選べばなかったとしたら、私の未来は変わっていたのかな?
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