禁断のドラムヴィーナス
玲美さんにより治療室に運ばれる。目が覚めた時、私は玲美さんに看病されていた。水に濡らしたタオルが額の上に乗ってる。私、どうしたんだっけ?と考えるけど倒れた後の記憶がない。ぼんやりと私の瞳に、タオルを持った玲美さんが映る。なんかぼんやりとしか見えないから何ともいえないけど、玲美さんの瞳、泣き腫らしたみたいに赤い。竜矢のときと、同じくらい、泣いて…くれたの?
「れ…玲美さん?!目、赤いですけど、泣いたりしたんですか?」
タオルを玲美さんに手渡す。すると玲美さんは笑って、小さな箱を手渡した。そこには、おそらく彼女の手作りであろう、チーズケーキが入っていた。ブルーベリームース(自家製)をのせた可愛らしいチーズケーキ。
「今日はありがとね。明日で終わると思うけど、もう本当にあとちょっとだけだから。ごめんね。疲れちゃったんだよね?明日は手伝わなくて平気だよ。本当にごめんね。…厚かましいよね。気絶しただけで、そこまで泣かれても。だけど、仄は私の…竜矢と同じくらい大切に想ってる。自分の子供が増えたみたいで、すごく嬉しかった。ねぇ、仄。約束して。『仄佳は、絶対竜矢の分も幸せになって』ね。」
「はい。」
指切りのつもりか、小指を立てている。私、幸せになっても、良いんですか?竜矢の分も、たくさんの世界を見ても、良いんですか?「仄は、幸せにならないとダメ。許さないよ。」
彼女は扉の方へ向き直り、私を送り出した。
「…ごめんなさい、玲美さん。ごめんなさい。」
ケーキの箱を右手に持ち、逃げるように屋敷の前を離れる。その後は、ぼーっとしたまま、家に帰った。私が家に帰ってバックを開くと、昼間聞いた、例のデモCDが入っていた。
ドラムを叩きたい。ドラムが上手くなりたい。地元の子に「天才」と称された竜矢を越えたい。そう願って玲美さんにお願いした春の日。桜の舞い散る桜並木を玲美さんと二人で歩く。
振り返ると舞い散る桜の花びらの中に彼を、見た気がした。