禁断のドラムヴィーナス
「…させないよ。仄佳は僕の、僕だけのお姫様なんだから、他人に姫様とは呼ばせないよ!!」
耳まで真っ赤の竜矢。初恋の相手にそんな風に思ってもらえるってだけで嬉しい。竜矢が私のことを「僕だけのお姫様」と表現したように、竜矢は「私だけの殿方」だよ、なんてこっ恥ずかしいことは言えないから、私の心に秘めておく。
「好きだよ、仄佳。」
「私も、竜矢のこと、好きだよ!!」
竜矢は私の返事を聞くと、私の手元に落ちている楽譜を見て、ペンを持って色々と書き出した。誰もが惚れてしまいそうな笑顔で。
「ど?アドバイス通り叩いてみてよ。この曲、絶対ヘマしちゃ駄目なんでしょ??」
私の書いた「絶対完璧!!」の文字を指差して、無邪気に笑う。ホワイトモデルのドラムに座って緊張気味に叩く。シンバルが、ハイ・ハットが、B.Dが、響きわたる。私が、竜矢に向けてディスコ・パーティー2を叩いている。最初はドラムなんて叩けない人間だったのに、竜矢の隣にいるだけで、こんなにも楽しくて、こんなにも嬉しい気持ちで叩けるようになれるなんて。
「…どうして「絶対完璧!!」なの?この曲。」
竜矢に聞かれる。どうして、なんて考えたこと無かった。ただ、今年卒業の先輩に恥をかかせたくなくて、がむしゃらに「完璧」を求めて突っ走ってた。こうすることでしか、先輩に感謝の気持ちを示すことが出来ない気がして。
「先輩のため…かな?」
手足を休めずに言う。竜矢の目は真っ直ぐでただ一点だけを見つめていた。その視線を手元に落とす。
「仄佳は、仄佳らしいドラムを響かせれば良いんだよ!!完璧なんて、求めなくて良いから。」
竜矢は『演奏会のお知らせ』と書かれたプリントを拾い上げ、笑った。偽らない笑顔で。
「行けたら、聞きに行くね。舞台上の仄佳、きっと可愛いんだろうね。楽しみだなぁ。」
竜矢は、私にそう語った後、恐ろしいことを呟いた。「僕は、いつまで生きられるのかな?」
私は急に怖くなって手を止めた。竜矢が、病院通いしているのは知っていた。だけど、死が近いような重度の病気だとは思っていなかった。私はずるいんだ。一人になるのが怖くて、おいて逝かれるのが怖くて、現実を、知らないフリをした。私は何も聞いていない、私は何も見ていない、と。目耳を塞いで。