硝子の靴 ～夜帝の紅い薔薇～少女Ａ～

「え、そんなに驚かせちゃった？ごめんねぇ」

その人は、黒のスーツ姿で、髪は金髪が入った茶髪で、襟足が長いのが印象的で、年上のようで、
そして、
如何にも軽そうな人だった。

私は、優しい声からの想像があったので、それとは違う雰囲気に、がっかりした気分だった。

でも、声は幻想とも思えるし、はたまた、幻想ではなかったとしても、今目の前にいるその人だったとはわからない事なので、私は、沈んだ気持ちを思いなおす事にした。

そんな事を考えている私の心を知らないので、その人は、自分が急に声をかけたから驚かせたのだと思い込み、私に、謝っている。

ニコニコニタニタしながら。

非常に愛想の良い男の人だ。

私の父は、寡黙で堅実な人なので、男の人はそういうものだと思っている。

私の周りにはいないタイプの人なので、テレビでは見たことがあるな等と思いながら、その人を見ていた。

【あ、いけない！】

私は、見知らぬ男の人と接している事にハッとして、その場から立ち去ろうとした。

「あ、ちょっと待ってよ」

その人は、私の肩に手を置いて、私の歩みを止めようとした。

その手の置き方が、とてもソフトだった。

私は、何故か、ゾクッとした。

嫌な意味ではなく。

男の人に、しかも、年上の男の人に触れられた事のない私は、初めて思った違和感だった。

これを、どういう気持ちと言うのだろうか。


私は、どういうわけか抵抗することもなく、すんなりと立ち止まり、その人を見つめて佇んでいた。
怖いと思う事もなく。


「ごめんね、呼び止めて。あ、俺こういう者です」

その人は、私に名刺を差し出した。

私は、その名刺を見たものの、理解できずにいた。

それを知ってか知らぬか、その人は、言葉を続けた。

「夜の仕事とか興味ない？」