硝子の靴 ~夜帝の紅い薔薇~少女A~
私が、漠然として彼を見ていると、彼は、口を開いた。

「君に声をかけた時、君は、話を聞いてくれるのに、何を言っても何を聞いても、一言も返ってこなかった。まっ、初対面だから喋れないのかもと思った。
君は直ぐに電話をくれて、今日、会うことになって、君は来てくれた。
今日は、初めての時とは違う。君が、詳しく聞きたいと言って、来てくれた。なのに、俺に会ったら、又、喋らない。尋ねた時だけ」

私は、彼の言葉を聞きながら、沈黙の時間の、彼の意思を理解する。

「日和ちゃん、一生懸命に覚悟をしてるから」

彼は、後ろを向いて、私の目を見て言った。

図星だった。

「覚悟は、崩れる時もある。覚悟だけしかなかったら、それがなくなった時、どうするの?」

「え?」

「今から、日和ちゃんを中へ連れて行くけど、何かのきっかけで日和ちゃんが覚悟を失ったら、早く此処から逃げたくなって、今日という日が、嫌な思い出になるね」

私は、彼の言葉を、ひとつひとつ理解することに努力していた。

「俺にとっても、嫌な思い出になる」

【え、…俺にとっても?…】

私は、七海 龍星という人間を、知りたいと思った。

「俺は、君が、あまりにも綺麗だったから、声をかけた。そして、仕事の話をした」

「はい」

返事をした事で、私は、彼の話を聞いていたのに、それに対して返事をするという当たり前の事が、彼に対して出来ていなかった事に気づき、彼と話をするには及んでなかった事を知る。

私に、芽生えが起こった。

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