硝子の靴 ~夜帝の紅い薔薇~少女A~
「日和ちゃん」

彼は、落ち着いた声で、優しく、私の名前を呼んだ。

【あの日の、桜の木の下で耳にした、あの時の声が、私の脳裏をよぎる…『泣かないで…麗花さん』…】

「…、…はい」

私は、彼を見つめて返事をした。

「君が十代なのを、俺は知ってる。君に、大人の感覚は求めてない」

私は、意味がわからなかった。

私は、大人の感覚でいるつもりはなかったから。

私の思いを察したのか、彼は、こう言った。

「年相応の度量。わかるかい?」

「…はい…」

私は、返事を濁した。

「無理をしたり、覚悟をすることは求めてない」

「あ…、はい」

彼は、私の心を読んだかの様に、私にとって的確に、簡単明瞭に語った。

「わかった?」

「はい」

私は、頷く。

「よし!じゃあ、OK!」

彼は、お茶目に笑った。

私は、完全に覚悟を取っ払って、リラックスできたわけではないが、さっきまでよりは、心が和らいだような気がした。

「ねぇ日和ちゃん。君は、どんな人?」

「え?…。…わかりません…」

「じゃあ、それが課題だ」

私は、目を見開く。

最近、ずっと自問していたこと。
それを、知る由もない彼が言った。

【彼は、私のことがわかる?…なわけないか】


「よし!行こう」

彼が、思い立った様に車を降りたので、私も、急いで車を降りた。
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