硝子の靴 ~夜帝の紅い薔薇~少女A~

出会い

桜が満開の中、中学校の入学式は、滞りなく済んで、母は、上機嫌に、他の父兄達と言葉を交していた。

勿論、桐生家とも。

私は、桐生隼斗と関わりたくなくて、だからと言って、目の前にいて避けるのも角がたち怒らせても嫌なので、そっと離れていた。

そして、一人、桜の咲く木を見上げる。

そよ風が、心地良く吹く。

私は、桜の木を見上げていると、なんとなく悲しい気持ちになった。

卒業式ではなく入学式だというのに、桜の木を見上げ、悲しくなった。

「あ、…」

桜を見上げる私の頬に、一筋、スッと涙が伝ったのがわかった。

【いけない、どうしたのかしら私…】

私は、誰にも気づかれまいと、何気なく右手で涙を消した。

『泣かないで』

【え…】

傍で、男の人の声がした。
その声は、少し前にも聞き覚えがあった。

私が、夜中に、部屋で一人で受験勉強をしている時。
その時は、『お疲れ様』だった。

とても優しい声。

『泣かないで…』

再び、聞こえた。

【今日は、二回も聞こえたなんて…一体、誰?】

私は、頬の涙の後を拭って、泣いたと誰にも気づかれないはずだと意識しながら、一呼吸をして、そっと周りを見渡した。

周りでは、父兄達も生徒達も各々に会話をしたり、各々に散らばっている。

私の傍にきて、声をかけた人の気配はない。

【誰よ………何なのよ…】

一瞬、強い風が吹き、桜の花びらが舞った。

私は、強い風に目を瞑る。

『泣かないで、麗花さん』

【え…麗花さん?】

風は、一瞬で止み、私は、目を開けた。

目の前に、知らない男子が、私を見つめて立っていた。

< 7 / 156 >

この作品をシェア

pagetop