脱走犬物語
「あら、まあ。かわいそうに。足が弱っているのね」
親切なお店のおばさんは、そう言って僕をお風呂場でゴシゴシ洗ってくれました。マッサージがとてもキモチいいです。カラアゲとか、魚の切り身も用意してくれたけど、おなかがいっぱいだったのでミルクだけ口につけました。

「元気でね。また、会いにくるから」
そう言って、男の子は去っていきました。立ち去る時、二度三度振り返ってから、駆け足で彼は行ってしまいました。

「うちでしばらく休んで、それから飼い主さん探しましょうね」

お店のおばさんは、そう言ってボクを優しい手つきでなでてくれました。野菜や、調味料、ドッグフードや色々なものが並んでいる小さな商店です。少し開いたシャッターの隙間からみると、もうすっかりあたりは真っ暗で、街灯の白い光が少しだけ入ってきています。

「じゃ、おやすみ」

温かい毛布をボクにかけておばさんは去っていきました。ボクのクビには細い紐がくくりつけられ、そして木製の柱に結び付けられています。おばさんが眠った後、ボクはしばらくシャッターの隙間から、外の景色をながめていました。かかとの尖ったハイヒールがカツカツとものすごいスピードで駆け回ったかと思うと、ドタドタとけんちゃんのような足取りで歩く大男の姿もみえます。こんなに暗いのに、ボクの街とは違ってとてもにぎやかです。ボクの街では夜中ほとんど人気がなく、明け方ようやく新聞配達の自転車の音で目が覚めます。それに引き換え、ここにいたっては、遠くから誰かの歌声や、鼻声、叫び声なんかも聞こえてきます。ボクの好奇心が、久しぶりに火を噴きました。
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