脱走犬物語
「あら。かわいいワンちゃんね。こっちへいらっしゃい」

そういって、真っ赤なドレスを着たお姉さんがボクの首についた紐をひっぱり、どこかへと向かっていきます。お姉さんはとてもかかとの高い靴を履いていて、甘い香りをプンプン漂わせています。少し足元に鼻を近づけてみましたが、人間らしい匂いがまったくしません。同じ人間なのにこれはとても不思議なことです。

「キャバレーいかがっすか!?」

黒い服を着た男の人が声高に、何度もそう叫んでいます。お姉さんは男になにごとか告げると、ボクのヒモを彼に託して、カランコロンと店の中へと消えていきました。

「おう、ワンコウ!よしよし」

男はとても乱暴な手つきとビックリするくらい優しい目でボクを撫で回してきました。
なんだかとても、不思議人です。顔はけんちゃんやパパの100倍くらい恐いし大きいカラダなのに、本当に優しい目をしています。

「ああ!よしよし」

男はそう言ってボクを抱きしめました。パパが時折吸うタバコの香りが男の口から漏れてきました。鼻がひんまがりそうになり、ジャジャラしたおひげもキモチ悪かったけど、不思議と悪い気分ではありませんでた。

やがて、店奥から美しい、歌声が聞こえてきました。赤青黄色の光も点滅しています。ボクは食い入るようにその美しい空間に目をやりました。だけど、スリガラスの先はあまりにぼんやりとしすぎで何にも見えません。

< 19 / 28 >

この作品をシェア

pagetop