脱走犬物語
「クゥーン。キャン。」

やがてボクの鼻から自然と、あの、パン屋の歌声が漏れてきました。今日はおかしな体験ばかりしているし、やっぱりボクの脳みそはどうかしてしまったのでしょう。

「よし!見たいのか。少しだけな」

男は、そういってスリガラスの扉を開けてくれました。

カランコロン。甘く色っぽい歌声がボリュームを増して、ボクの耳元へと吹き込んできました。ハイビスカスと、タバコが入り混じったようなにおいもします。中はやっぱり、うす暗かったけど、たくさんの人でにぎわっているようです。赤青黄色に見えたのは、照明ではなくて、女の人たちの衣装だったようです。一段高い位置で、あの、甘い香りの女の人が歌を歌っています。時折、ボクのほうを見てウィンクもしてくれます。

「おにいさん!キャバレーいかがっすかぁ!」

ボクの耳元でそんな声が聞こえました。パパは昔こういうお店に来ていたのか。昔のけんちゃんにとっては、ミニ四駆か。大人になるって、好みも随分変わるもんなんだなあ。そんなことをボンヤリと考え、ボクはまたトボトボと歩き始めました。
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