今日から執事
風に靡く髪を手で押さえながらお墓の前に立つ。
ここへ来る前に買っておいた花たちを供え、水をやる。
「はじめまして、絢音さん」
自分で自分の言葉をかみ締めて風に音を乗せる。それからひとつ深呼吸をして、心を落ち着かせる。
これから話すことが受け入れてもらえるかわからないけれど、それでも言わなければいけない。自分勝手かも知れないけれど、早綺は言わなければいけないことがあった。
「樫原早綺です。今日は、絢音さんに頼みたいことがあるんです」
墓石の前にしゃがみこんでゆっくりと息を吐く。
「どうか。どうか真斗を縛らないでください…」
縛らないで。もう真斗を自由にしてあげて。
心でそっと願う。絢音さんにこんなことを言うのはお門違いだと分かっているけれど。そう願わずにはいられなかった。
真斗は事故がおきてから八年たった今でも、己を呪っている。
自分を憎んで負い目からか自然と人に壁を作っている。
悔しい。苦しい。
真斗が自分を見るときの視線が大分前から変わっていることには気付いていた。
それは恐らく早綺に絢音を重ねているからだと、早綺は真斗の雰囲気から感じ取っていた。
それと同時に沸々と湧き上がってくる鈍い痛みと渋い感情。
今まで気づかないふりをしてきた深層心理の奥底に存在していた感情。
真斗を好きだと、手放したくないと思う、独占欲にも似た好意の気持ちを呼び起こしたのだ。