今日から執事
「おい!どうかしたんか?」
声を掛けながら神嵜は、手帳を握り締め眉根を寄せて考え込んでいる真斗の顔の前で手を振る。
はっとして顔を上げると神妙な顔付きの神嵜が尋ねてくる。
「覚えられへんか?それで困ってんのか?」
心配して訊いてくれたことは分かったが、真斗には瞳を潤ませて問い掛けてくる神嵜が、どうにも子犬に思えてしまって声をあげて笑ってしまった。
「なんや?」
と若干不機嫌になった神嵜に、真斗は肩を振るわせながら
「何でも無いです」
と掠れる声で言った。
「まぁ、ええねん。とりあえずはよ覚えるんや。
後一時間もしたら大切な人達が来るんやから」
「大切な人達ですか?」
「せや。この屋敷の所有者である樫原一家が来るんや!」
先程笑われた事などすっかり忘れたらしい神嵜が嬉しそうに話す。
その様子は、まるで犬が尻尾を振っているようで。それがまた真斗の笑いのツボを刺激した。
「あと言い忘れてたんやけど、真斗には早稀お嬢様専属の従者になって貰うかんな」
「早稀お嬢様ですか」
「会えば分かるわ。
それより、ここで話し込んでおったらチーフにどやされるで。
これ真斗の手帳やから、早稀お嬢様のスケジュール書き留めておけや?」
「俺ぁ二階におるから!!」
と言い残し、全体的に早口でまくしたてて、神嵜は風のように去って行ってしまった。
そんな神嵜の背中を見ていると、挫けている自分が情けなくで思えてきた。
「…やってやるよ。親子、見とけよ」
そうして真斗は置いてかれまいと、駆け足で神嵜の後を追った。