今日から執事
つかの間の沈黙。
早稀は俯いているため、真斗からは表情が伺えない。
「バカっ!」
突然顔を上げた早稀の頬は赤く…いや、顔全体が赤く、唇を噛み締めていた。
真斗には何故彼女が怒っているのか、初め理解出来ず、彼女を見詰めて立ち尽くすばかりである。
だが時間と早稀の顔の赤さに比例して、真斗は自分が何をしでかしたのかを理解した。
「いや、あの深い意味は無いですよ?
すみませんでした」
敬語を使うのも忘れて必死に弁解する。
「本当にすみません」
「もういいわよ」
「…え」
何度も頭を下げて謝ると不意に振ってくる早稀の呆れたような声。
頭を上げると、呆れた声とは裏腹に、再び意地の悪い笑みを浮かべている早稀の姿。
真斗は本能的に危険を察知した。この悪意を含んだ笑顔は危ないと。
「そんなに悪いと思っているなら、私の頼みを聞くくらい簡単よね?」
あくまで気の良い笑顔を崩さずに言い放つが、声音は強く、早稀の周りには何ともいえない威圧感が漂っている。
恐ろしい頼みじゃないだろうな…。
真斗は内心物凄く不安だったが「頼みとは何でしょうか」と尋ねる。
「難しい事じゃないわ。
ただ、普通の女子高生を体験したいのよ」
「そんなことで良いんですか」
早稀が放った言葉は意外で真斗は拍子抜けした。
もっと高度な、真斗にはどう足掻いても出来ないような事を言われると覚悟していたのだ。
「私にとっては、そんなことじゃない。普通を味わいたいの」
恐らく早稀は小さい頃から樫原財閥の娘として育てられてきたのだろう。
勿論、行動は制限され、当然現代の女子高生が当たり前に行っている事のほぼ全ては禁止されてきたのはずだ。
だから普通を味わいたいと言うのだ。