今日から執事
重苦しい、沈黙。
辺りは風の吹く音さえしない。
完全に二人の周りを静寂が支配した。
だが、以外にもこの沈黙を破ったのは昴だった。
「へぇ。好きな男を殴るんだ」
「もう、好きじゃないわっ!貴方みたいな最低な人間なんて好きじゃないわよ」
叩かれた本人は、赤くなった頬を一瞬手で確認した。
それからその手に視線を移し、それから早綺の叩いた手のひらにも視線を走らせた。
対する早綺は、顔は怒りによって上気しており、肩はわなわなと震えている。
「私は別にいいわ。好きでもない男に裏切られたって痛くも痒くもないわよ。
でもっ、貴方を心底愛している女性を悲しませるのはやめて!」
「そんなこと綺麗事だろ!!」
早綺が言うより強く、昴は怒鳴った。
その時の昴は、今までの馬鹿にした態度ではなく、戸惑っているような、何か言い表せない恐怖に駆られているように見えた。
「世の中は所詮金なんだ。恋だの愛だの、いくら願望を述べても綺麗事以外の何物にもならないんだよっ」
だんっ。
と昴が拳を思い切り壁に打ち付ける。
それから一瞬、泣きそうに顔を歪めたと思ったら、今度は無表情になり、ゆっくりと早綺から離れた。