今日から執事
昴に掴まれていた箇所が、空気に曝されて異常に風が冷たく感じた。
数歩距離をあけた昴は、ただ空虚を見詰めていて、その変わりように早綺は驚きを隠せない。
下から昴を伺うと消え入りそうな声で呟いた。
「これは復讐なんだ」
蚊の鳴くような声は、風が攫っていって聞き取りにくかったが、それでも早綺の耳にははっきりと届いた。
復讐という単語は早綺の思考を大いに乱す。
何か訊こうと、言葉を探すが何も見つからず、結局口を噤むしかなかった。
再び、沈黙。
そして、昴は言った。
「俺を笑いたければ笑えばいい。
だが、決して俺はやめない。
俺のやりたいようにする」
虚無だった。
今の昴にあるのは虚無だけ。虚無さえも、もしかしたら無いのかもしれない。
風が二人の間に無造作に流れる。
ーーそれが、合図だった。
昴は最後に早綺を一瞥し、なにも言わずに去っていった。