世界の説明書
「あ、ケン君だ。ケン君、おはよう。ケン君のママもおはよう。」

「あら 名子ちゃん おはよう。今日も元気いっぱいね。でも今日は後でお絵かき教室に行くからあんまりはしゃぐと疲れちゃうぞ。明子さんもおはようございます。今日は、あの駅前の有名なケーキ屋さんにやっと行けるわね。予約取るの、もうそれは大変だったんだから。本当に、今から楽しみね。ふふ。」 

「おはようございます。ほんと、今日のケーキ屋さん、前々からずっと行ってみたいと思っていたのよね。あそこ、いつも混んでいるでしょう。予約もなかなか取れなかったしね。それに最近、ダイエットしてたから、一人じゃなかなか行けなかったんだけど、今日はばっちり。昨日の夕飯もサラダだけにしといたから。ふふふ。」


 三十歳代前半の若い母親達にとって子供のお絵かき教室見学などというのは、あくまで後付の理由であって、本当は主婦同士集まり、気楽に楽しいお話が出来て、おいしいスイーツを食べる事が人生の楽しみだった。ケン君の母親と明子は年齢も一緒で、幼稚園の母親仲間の中でも特に仲が良かった。
 明子が一瞬、名子から目を離した隙に、積極的な名子はケン君の手を引っ張りバス停へと駆けて行った。バス停まであと、五メートルとない距離、どの母親もそれぞれに仲の良い者同士で、自分達の話に夢中になっていたし、いつも通りの静かな朝に安心しきっていた。
 ちょうど名子とケン君が公園の入り口に着いた頃、一匹の野良ネコが急に何かを威嚇するようにしゃーと二人に向かって吠え出した。二人は一瞬あとずさり母親達のいる方向へと走り出した。 
< 5 / 200 >

この作品をシェア

pagetop