いばら姫









―― 真夜中近く
俺は挨拶がてら
ミチルの店に、顔を出した


「あら淳!いらっしゃい! 」



相変わらず小さなスナックで
ママをやっている彼女は
いそいそと明日の仕込みをしながら
俺におしぼりを出してくれた


さっきまで団体客がいたのか
テーブル席には
泡のついた空のグラスと
茶色い空き瓶

それを両手で二本づつ掴んで
カウンターの横の
黄色いケースに入れている

表の看板のコンセントを抜いて
入口に鍵をかけた



「アズさんとの、デートの報告?」

再びカウンター内に戻ったミチルは
俺を冷やかす様な目で見ながら
皿を洗い始める


「淳、連れて来なかったんだね」

「 え? 」

「アズさんの事よ
今回こそ"お持ち帰り"して来るかと
思ってたのに 」


「『Azurite』だぞ 」

そう言って笑うと

「淳らしくないなあ! 」と返された


「それよりよ、これ見てみな」

「え 何? 」


「…アズ撮った 」

ミチルは目を見開いて
丁寧に手を拭きながら
カウンターから出て来た

そして隣に座って
携帯を受け取るが
古い機種の操作に戸惑っている

「ここ押して 」


赤い爪が再生ボタンを押すと
噴水前の風景が流れ始めた


進むにつれミチルの顔が、
アズと同じ表情になって面白い





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