いばら姫
かなり激しく揺れる車内では
日本じゃあまり流れないヒップホップ
運転席のドリンクホルダーには
何故か薄い紙で包んだ、
春巻みたいなやつが刺さってる
「イケメン・オカダ!
ようこそ ビッグアップルへ!
――ゴッサムシティのが分かる?!
俺は、チャイナタウンに住むリーだ!
知り合いはみんな、あだな
"サモハン"って呼ぶヨ!
ガキん時は中華街に住んでた
樹陽軒〜」
ヤンキースの帽子
ツバを後ろに、浅く被り
前も見ずにニコニコ笑いながら
子供みたいな笑顔で握手して来る
「よ、宜し……
前、前!!信号見ろって!」
『…映画なら今頃
奴ら、俺のマシンガンに撃たれて
クラッシュしてるよ 』
灰谷が後ろから
まだ追って来る黒塗りを
ゲラゲラ笑いながら狙いすまし
片膝を立てて撃つ真似をしている
―――時計はPM5:45
夕飯時
一気に明るくなった市街
青白く浮かび上がる、高すぎるビル
新宿とは
やはり色彩の違うネオンが鮮やかに光り
普通に歩く人達が、普通に信号無視をして
"サモハン"もそれを器用に避けながら
残りの春巻を、美味そうに口に押し込んだ
「ここじゃ日常茶飯事だぜ!?
何しろ免許取る時
マンハッタンの道、走る為の講習を、
別に受けるんだからな!」
「…マジかよ」
「マジだって!
それよりオカダ、後ろのそれ着な
観光はこれから幾らでも出来るヨ
高速過ぎてツアーコンダクターが
説明してくれないかもしれないけどね!」
促され灰谷が、
自分の横の大袋のファスナーを開ける
「サイクリングスーツ…?」
一緒に手渡されたのは
ドロップ型のヘルメット