いばら姫



左にビル

右には、コンビニのあかり


その真正面に
黒い壁の"新宿Jemu"があった

床には赤と黒の『Welcome』と
文字の入ったマット



ネオンライトは消えていて
小さなスポットが一つだけ
店先を照らしている




コンビニがあるのが救い――

黒く照る、アスファルト

周りを見れば、
人が住んでいるあかりもあるのに
人の賑わいも無く、音もしない



田舎の夏の夜は
虫や木々の音で、無音とは程遠いのだと
初めて知った――




コツコツと、足音

細長い入口から、誰か上がって来た




「松田さんだ

松田さん!」


新原が、
その中年男性に向かって
会釈すると

その男性も、
「おお! 新原君」と返事を返し

その横にいる俺にも
挨拶を返してくれた


眼鏡に、薄い口髭
小柄で痩せ型だけど
目の奥に、強い光


しばらく二人は
"速水さんどうしてますか"
"速水は今、地方局で番組作ってるよ"等


しかし後から上がって来た

―― 随分綺麗な

ちょっと見ると外国人にも見える
茶髪で、肩まで髪を伸ばした
目鼻立ちの男が
新原を見て、急激に、動きを止めた



「…新原さんだ!!!」


―― 新原は
そんな反応に馴れているのか
紳士然とした笑顔で


「はい 」と答える


「サイン!下さい!!」

「わかりました
えー どこに書きましょうか」


「うわ!あ!
ちょっとコンビニ行って来て
いいすか?!」

その男はコンビニを指差し
道路を渡る



「…コンビニに、色紙なんて
売ってるのか? 」



それに新原が答えた

「ここにはあるよ
場所が場所だから」

「ああ…なるほど 」




笑顔で戻って来た男の手には
色紙と、コンビニの袋

「どうぞ!」と
俺にもコーヒーを渡してくれた


「ありがとう」

そう言うと
事務的では無い、
自然な笑顔が返って来る









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