ネガイゴト
富士山が日本一の山だと知ってからも、私は心のどこかではやっぱり鳥海山が日本一の山だと信じていた。富士山のような猛々しさとは対照的に、どこか女性的な、白鳥のように凛とした佇まいをたたえる鳥海山。まるでスポットライトで照らされてでもいるかのように澄み切った日の光が降り注ぎ、山頂の残雪が空の青に映える。その眩いまでの神々しさが今でも瞼の裏に焼きついている。
お兄ちゃんは、見つけただろうか?お兄ちゃんにとっての新しい鳥海山を。
ふあーあ。
あまりに陽気が気持よくて、ちょっとのつもりでベンチに寝転んだら大きな欠伸が出た。眠い。ここにくると、何か大きなものに守られているような気分になって、その安心感につい緊張感が解けてしまってうとうとしてしまう。
近くに高い建物もなく、空を遮るものがないからなのか、ここから見る空は手が届きそうなくらい近くに感じられる。こうして空を見上げていると、一瞬、自分が空に浮かんでいるような錯覚をすることがある。
まるで、海を泳ぐ魚のように、鳥達が空を漂っている。
昨日は、夜中まで起きていたらなんだか眠れなくなって、結局明け方まで起きていた。今週に入ってから寝不足が続いていたせいなのか、どっと疲れが肩にのしかかってきた。
鼻腔をくすぐる生温かい風に一つくしゃみをすると、私は思い切り背伸びをして空を見上げた。あわあわとした空に、ピンク色の霞みがかかっているような気がした。気配はいつもこの季節にやってくる。土の中で息を潜めていた生き物達がもぞもぞと目覚めはじめ、少しずつエネルギーを蓄えた桜が、蕾を膨らませる季節。
はやく桜、咲かないかな。ふとそう呟いた自分に驚き、苦笑する。去年の私は、桜が恨めしかった。桜が咲かなければ、春なんてこないのに。春がくるから、人は新しい世界へ飛び立とうとする。人をむやみに急かす、春が、桜が大嫌いだった。春さえこなければ。そう思って縮こまっていた自分が、桜の開花を望むようになるなんて。
五分だけ・・・。
春を告げる鳥のさえずりを子守唄に、私はそっと目を閉じた。
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