大人になれないファーストラバー
「行け」
背後でそいつは言った。
そんなこと言われたってすぐにこの場を飛び出して行けないのは分かるだろうに。
振り返ろうと、顔を動かそうとすると。
「振り返るなよ」
そんな声に動きがぴたりと止まる。
「振り返らないで早く行け。」
今までみたいに女の子に話しかけるような優しい言葉使いじゃなかった。
わざと突き放すように冷たくて低い声。
あたしは再び泣きそうになるのをぐっと堪えて、待合室から一歩外に出た。
そして振り返らないまま、
「死ぬなよ」
って一言。
「死なないよ」
その返事が聞こえる頃には、あたしは走り出していた。
もう後ろは振り向かない。
弱いあなたが精一杯強がって送り出してくれたんだから。
「ありがとう」
涙をこすり取るようにして拭って、鼻をすする。
太陽はさっきより高く上がり、一日が始まっていく。
「蕾っ」
駆けよって名前を呼んで。強く強く抱き寄せた。
誰かの変わりだって構わない。
あたしがずっとそばにいるからね。
「蕾はズルいね」
言って、腕の中にすっぽりおさまってしまう小さくて泣き虫な蕾を力いっぱい抱き締めた。
さっき離した小さな手、今度はもうあたしから離したりしないから―…。