大人になれないファーストラバー
ぐっと腕に力を入れて床から体を起こした。
「…さくのすけ」
ツキン。
またその名前を口にすると、小さな痛みが胸に走った。
なんだこれ、と思いながらもう一度試してみようとする。
「さく、の、すけ」
一語一語をはっきり発音すると。
とくん、とくんと脈打つ心臓。最後にまた痛みを残して、それは消えた。
するとふいに手がそろそろと動いて、スカートのポケットに入ってく。
意識して、というより、もっと自分のなかの奥底の何かが体を動かしているようだった。
カサカサしたものが指先に当たり、その物体をポケットから引っ張り出した。
端っこが少し破れたくしゃくしゃの白い紙だった。
黒で書かれているのは。
「…"好きな人"」
その言葉が呪文か何かだったみたいに、体中がそれに反応した。
それに、
―大丈夫か?
―ほら、手貸せよ。
―泣くな。
「―蕾、元気でな」
それに、そんな声がすぐそばで聞こえた気がした。
後ろを振り返ってみるけど誰もいない。
さくのすけ。
咲之助。
咲、之助。
さく。
「…サク」
知ってる。
この痛み。
このいとしさ。
あたしは、"咲之助"を知ってる。