大人になれないファーストラバー
そう言えば、これから雨が降ってくるって言うのに傘を持っていない。
蕾も持っていないだろうし。
学ランもどこかへ脱ぎ捨ててしまったし、雨をしのげるものは今何一つ手元になかった。
「傘、いる?」
「…いる。」
思考した末にそう答えると、雨音は嬉しそうに目を細めて笑った。
「じゃぁ、トクベツなのあげるネ」
言って、雨音が背中の傘の束から引き抜いたのは、何の変哲もない紺色の傘だった。
どこが特別なのか分からないが、「ありがとう」と言ってそれを受け取った。
「オレのスキなヒト、そうゆー傘スキだったんだよ」
「そうなんだ」
「雨の日に、死んじゃったケド。」
雨音は今にも泣き出しそうな空をいとおしそうに見上げる。
「ああ、アイタイ。オトナになれなくなったウェンディ。」
雨音はあの時のように、また突然歌を口ずさみ始めた。
「それでもヨカッタのに。なんでその手、離したんだろお。」
空の遠く彼方を見つめたまま、雨音は顔の前に手をかざす。
「バカな手、愚かな手。こんなのもうイラナイ」
すると、何を思ったのか、雨音は自分の手に噛みついたのだった。