大人になれないファーストラバー
今、蕾との間にあるのは薄い板一枚。
それだけなのに、なぜそれが取っ払えない。
「…サク、あたし、さっき記憶が全部消えちゃったんだ。」
さっきよりも蕾との距離が縮まって、雷が容赦なく轟き続けてもその声はちゃんと聞き取れた。
いつも一緒だった時よりも少し大人びて聞こえるのは気のせいだろうか。
蕾はドアノブから手を話したようで、カタンとノブが元の位置へ戻った。
「サクのことしか覚えてなくて、だけどそれだけでも、何も怖くなかったよ」
阿宮が電話で言っていたことを思い出す。
記憶のなかに俺だけのことを留めて、蕾はここに来るまでにどんなことを思ったんだろう。
俺のように会いたい一心で走って来たのだろうか。
「ねえ、あたしがどんな気持ちでここに来たか分かる?」
俺の気持ちがリンクしたようにそう聞かれ、少しうろたえる。
しっかりと話す蕾の声を聞いていたら、パリパリとした感触を頬に残して涙はすっかり乾いていた。
「…分かるよ。俺と同じ気持ちだったんなら、分かるよ。」
目の前に蕾の顔があるのでもないのに俺はうつ向いて、こもりがちな声でそう言った。