この心臓が錆びるまで
「薺」
また名前を呼ばれて、思わず肩が揺れる。先輩はベンチの背に腕をかけ、ひとり満足げに頷いていた。
「先輩?」
「あ、ごめん。呼んだだけ」
「なんですかそれ」
「良い名前だなー、と思って」
「………」
まあ、全然悪い気なんてしないのだけど。
隣で少しふて腐れていると、先輩は思いだしたかのように私の名前を呼んだ。
「薺」
「はい?」
「薺って1年だよな?」
今更?と内心突っ込みながら頷けば、先輩は口元に手をあててなにやら考える素振りをみせて、しばらくした後また私に向き直った。先輩の表情は、満面の笑み。
ああ、嫌な予感。
「翠、って呼んで」
ほら、予感的中。
「あと、敬語も禁止」
完璧な笑顔でふざけたことを提案する先輩に、私は即座に首を振った。
「無理です」
「なんで」
「先輩だから!」
先輩だから。これは大前提として、あの出海 翠を一年の私なんかが呼び捨てに出来るわけがない。なのに、私がきっぱり断ると見つめてくる深緑が途端に悲しそうな色を帯びて。
「~~翠っ」
「お、」
「ほんとに、いいの?」
心臓の高鳴りを必死に抑えながら問えば、
「もちろん」
嬉しそうに細まる先ぱ――…翠の瞳に、私の心臓は悲鳴を上げたのだった。