この心臓が錆びるまで
「翠ってさ、彼女いないよね?」
なんだか急に距離ができてしまったように感じる、さっきよりも遠い背中にたずねた。すぐに振り向いてくれた翠は、いないよ、と即答する。
「つくらないの?」
欲しくないの?と聞こうとして言葉を変えた。
だって、翠はモテるから。翠が望まなくとも言い寄ってくる女子なんて数え切れないほどいるのだろう。
「好きな人以外と付き合うつもりはないよ」
うっすら弧を描く唇が微かに震えていたように見えたのは気のせいだろうか。
どこか気恥ずかしそうに首に腕をかける翠に、私は眉を上げて嫌味な笑みを浮かべた。
「あ~分かった。一人に絞らないで色んな女と遊ぶタイプなんだ」
「人の話し聞いてた?」
無理矢理笑顔を作り圧力をかけてくる翠に、冗談だよ、と笑ってやった。
「なんか意外、翠が純粋だったなんて」
「そんなに? 純粋ってか、むしろ恋愛経験ないし」
「うそつけっ!」
私が質問すれば、翠が答えてくれる。私が笑えば、翠も笑ってくれる。それだけのことが、私にとってはひどく暖かくて、新鮮で。
私と翠を今日この場所で引き合わせてくれたのは、神様のご褒美に違いなかった。