この心臓が錆びるまで
「薺はいないの?」
「え? なにが?」
「彼氏」
「かっ……」
今度は翠が嫌味な笑みを浮かべていて。言葉を詰まらせ必死に言い訳を考えている私と、まさに予想通りといった満足げな翠。
馬鹿にされてるのが分かって少しムッとした。
「いないんだろ」
「悪い!?」
「嬉しいよ、俺は」
今度こそ本当に言葉を詰まらせてしまった。
嬉しい?なにが?私に彼氏がいないのが?なん、で……?
「意味、わかんない」
「いーよ。わかんなくて」
そう言って笑った翠に、私は何故だか胸が締め付けられた。ふと目線が交わって、優しく細められた翡翠の奥に、私は見つけてしまう。
――あ、だめだよ。
「薺?」
「……また、」
私はベンチから腰を上げて翠の目の前まで行った。震える手で、状況の飲み込めていない翠の頬へと触れる。ぴくり、と翠の肩が揺れた。
「また、悲しい顔してる」
「…っ……」
目線をそらすことなく見上げて言えば、二つの宝石が揺れた。
「そんな風に、笑わないで?」
苦しいから。切ないから。
ゆっくりと、翠から笑顔が消えた。