この心臓が錆びるまで


 私の心臓は一気に緊張がマックスになる。冗談抜きで発作を起こしそう。笑いごとではない。

 無言で携帯に耳を傾けるお兄ちゃんを、頬を引き攣らせながら見つめていると、ふいにお兄ちゃんが私を見た。


「出た」
「うそっ…!」


 短く告げたお兄ちゃんは、携帯を私の耳元にあてる。電話の向こう側は、無言だ。


「す、翠?」
『……薺?』


 受話器から聞こえた声に、身体の力が抜けてしまった。ペタリ、と床に座り込む。

 翠の、声だ。

 安堵感に襲われ返事をできないでいる私に、翠がまた名前を呼ぶ。そこで私はハッとした。


「あ、…きゅ、急にごめんね」
『いいよ。すっげー驚いたけど』


 受話器越しの笑い声。久しぶりにきく澄んだ優しい低音は、当たり前だけど全然かわってなくて、名前を呼ばれるだけで鼓動が跳ね上がる。


「翠、明日予定とかある?」
『ないよ』
「ほ、ほんとに!?」
『うん、明日は一日ヒマ』


 思わず強く聞き返してしまった私に、目の前のお兄ちゃんが肩を震わせて笑っている。でも今は、翠との電話に夢中でそんなことはどうでもよかった。

 私は電話の向こう側の翠に明日のことを伝えると、ウキウキな気持ちで電話を切った。


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