この心臓が錆びるまで
目の前の人物が退くのを見届けて、ゆっくりと身体を起こす。逆光で見えなかった輪郭が、太陽に照らされあらわとなった。
刹那、固まる。ひどく見覚えのあるその顔に、心臓が大きく跳ね上がった。
「……出海、翠(イズミ スイ)」
「俺のこと知ってんの?」
目の前に立つ彼は、自分を指差してゆるく笑う。その笑みは、驚いているようにも照れているようにも見てとれる。私は着崩れした制服をただして、くしゃけた髪を手梳で解いた。
「……知ってるも何も、」
この学校で彼を知らない人は居ないだろう。その証拠に、ここに入学して半年と経たない私がこんなにも貴方のことを知っている。
漆黒の髪に、スラッとした身体。透き通った白い肌に、そして―――翡翠の瞳。長い睫毛の奥から覗くその宝石のような翠(ミドリ)の瞳は、交差させてしまったら最後。深く吸い込まれて、目が離せなくなってしまう。
秀才でミステリアスな学園の王子様。
それが、私含め生徒皆が知る出海翠という人物だ。