この心臓が錆びるまで
「出海、先輩」
数秒の間を置いて面倒臭そうにこっちを向いた先輩に、私はニコリと笑って脳を掠めた不安を無理矢理消し飛ばす。先輩の瞳に、もう悲しい色は映っていなかった。
「先輩は、いつからこの場所知ってたんですか?」
ふと思ったことを口にしただけだった。それに先輩は目をパチパチさせて、目を泳がす。なんだか動揺しているように見える。
「ちょっと前、かな」
なぜだか困ったように笑う先輩に、私が困ってしまった。
「私より先ですか?」
「まあね、でも実際に来たのは今日が初めて。それまでは遠くで見てただけ」
遠くを見つめるような可憐な横顔。だけど私は先輩の発言に首を傾げる。だって、矛盾してる。この場所は木々に囲まれた体育館裏に位置するため、体育館からもましてや隣の3階建ての北校舎からも見えないのだ。
私が真剣な顔つきで考えていると、いつの間にか私を見つめていた先輩が笑った。目線を合わせると、伸びてきた白く綺麗な手が髪に触れた。肩に垂れた栗色を、やさしくすくわれる。
「俺、あんたのことも知ってたよ?」
予想外の言動に、私は固まってしまった。やさしく、しかし何処か楽しそうに笑む先輩に、今度は私が目をパチパチさせる。
「ストーカー、ですか」
「ちげーよ」
たっぷり10秒は間を置いて出てきた答えは、あっさり切り捨てられた。