前夜
思い出 1
一日の中では
アナログ時計の日付が
かわるとき
――だいたい夜の11時半から
12時過ぎまでの短い間が好きだと、
亮祐さんは言っていた。
いつも自分の腕を縛っている
重たい国産の腕時計が、
その間だけ
日付を刻むことをやめるから。
そう微笑んでいたけれど、
本当は、
朝からずっと細かな接客を
しなければならない亮祐さんが、
その時間になってようやく
仕事から解放されるからなのだろうと、
私は感じていた。
ほかの従業員と違って
亮祐さんは昼の休憩も取れないし、
夜も宴会会場の準備、片づけ、
その後の書類整理まで
ぜんぶ率先しなくてはならない立場だった。
新しい人を雇うお金が無いんだよ
と笑いながら、
「この旅館の若旦那として
生まれてきちゃったから、
たいへんなのは仕方ないね」
そう言って、
耳の裏に鉛筆を挟み込んだ亮祐さんは、
旅館中を駆け回っていた。