君が好き

　碧が菅の顔をジッと見た。すると、菅は深く息をついた。
「……お母さんが見つかったよ」
碧はリンゴを食べる手を止めた。
「君が生きていることを伝えた。本当は無理にでも連れて来たかったのだけれどね。お母さんが気持ちの整理をしたいというものだから、今回は……」
「そう。　……母は元気だった？」
「ああ。いずれは連れてくるよ」
菅の言葉に、碧は素直にうなずいた。
　碧はリンゴを一切れ菅に手渡した。静かな病室にリンゴを食べる音が響いた。

　碧は一人の時間は病室で過ごした。母親が訪ねてくることを心のどこかで期待していた。
　しかし、碧の母親が病室に訪ねてくることはなかった。
　数日経って訪ねてきた菅の表情はあからさまに曇っていた。
「母が、どうかしたの？」
碧が尋ねると、菅は頭を掻きながら椅子に座った。
　菅は一つ咳払いをした。
「君のお母さん……」
「うん」
碧はただ事ではない様子に身構えた。
「私が訪ねたときに荷物をまとめて家を出ようとしていた。説得しようとしたら包丁を自分の首に押し付けられて……　私はそのまま彼女を行かせてしまった」
碧は情景を頭に描いた。
　碧の心はジワリと沈んでいった。
（そうまでして会いたくないのかな……）
管は眉間にしわを寄せた。
　何かを言いかけては、首を傾け、深くため息をついた。
「何？」
碧が尋ねると、管は碧の目を見た。
　碧は管が話しやすいように穏やかな表情を作った。しかし、その目は哀しみに満ちていた。
「もう、話してよ。　……後から辛いこと聞かせられるの、嫌だよ」
次第に瞳を潤ませる姿を見て、管は奥歯を噛んだ。
「君のお母さんは覚せい剤を所持していたことがわかった。今、警察は君のお母さんを捕まえるために動いている」
碧の心は悲しみで溢れた。目の前が闇に染まった。
「僕のせいだよね」
「いや、そんなことはないよ」
管は強い口調で言ったが、碧の耳にはろくに届いていなかった。
「もう、いいよ」
今にも消え去りそうな弱々しい言葉に、管は黙ってうなずいた。
　病室に空虚感が漂った。物音一つしないその空間で、二人はいたずらに時を過ごした。
「そ、そういえば……」
重い空気を裂くように碧が話しかけた。