君が好き
 背中合わせで腰掛ける二人を月が照らした。
「涙でぼやけた視界。見る星空は輝きを増すから好き」
歌っているのか話しているのかわからないリズムで美雨はつぶやいた。
 二人は空を見上げていた。
「美雨ちゃん、それに碧くんまで何をしているの? 部屋に戻りなさい」
声を上げながら看護婦が歩いてきた。
 美雨は、はーい、と不満気に返事をすると、軽やかに立ち上がった。
 碧は手紙を封筒に入れると、まず涙を拭った。そして、手紙を懐に入れると、松葉杖を手に取った。
「さぁ、戻りましょう」
看護婦の手に掴まり立ち上がると、すでに美雨の姿はなかった。
 碧は夢心地のように呆けた様子で病室へ戻っていった。

 翌日、碧は看護婦に目一杯叱られた。次は松葉杖を没収するとまで言われ、碧はひたすら頭を下げた。
 背中合わせで歌を聴いて以来、碧はベンチで美雨を見かけると覚束ない足取りで、裏のベンチに座った。
 美雨はいつも歌を歌うわけではなく、木々を眺めて深呼吸をしたり、鳥の鳴き声を聞くなり真似をして鳥と戯れたりしていた。そして、声を発すると、忽ち旋律を奏でた。
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