君が好き
 碧の心は不安で溢れた。
「父親は僕が生まれる前にどこかへ行ってしまったらしい。母親も…… 去っていってしまった」
悲しい気持ちに包まれていた碧は普段なら決して晒さない傷を晒した。これは美雨だからか、気分的なものかは、碧自身よくわからなかった。
「どうして?」
美雨が聞き返すと、碧は一つ頭を下げた。
「……僕は自殺しようとしたんだ。それが悲しかったのかな? 許せなかったのかな?いなくなってしまった」
碧の言葉が発せられた瞬間、美雨の表情があからさまに曇った。
 鳥の声が止んだ。
 二人の間を重い沈黙が続いた。
「自殺する人は嫌い」
沈黙を裂くように言い放つと、美雨は勢いよく立ち上がった。
 美雨の頬を涙が伝った。碧は言葉を失い、早足で去ってゆく美雨に一言もかけることができなかった。

 二日が過ぎても、美雨がいつものベンチに現れることはなかった。
 碧は日ごろ話をする看護婦に美雨の様子を聞いた。話によると、美雨が気に入っているベンチはもう一つあり、最近はそちらへ行っているとのことであった。
「ケンカでもした?」
「ケンカというか……」
碧は病室で美雨との間で起こったことを看護婦に話した。
 看護婦は忽ち困った顔をした。
「おそらく、気に障ること言ったんだよね。確かに自殺しようとするのはいけないことかもしれない。でも、それでも、理由があるわけで……」
碧は悲しみと困惑を浮かべた。
 看護婦は碧の肩に優しく手を乗せた。
「美雨ちゃんのお父さんね。自殺をしているのよ」
自分が言うことではないと理解しながら、看護婦は話をした。
『いや、違うよ。両親はいないんだ』
『……そう。私と一緒ね』
美雨との会話が頭を巡った。
「お母さんも?」
「お母さんは美雨ちゃんを生んだときに亡くなったわ」
 唯一の肉親を自殺という形で亡くした美雨の心境を考えた。

生きているのが つらいって
死のうだなんて思わないで

(あの歌はきっとお父さんを思って作った歌なんだ)
母親の顔が過ぎった。生きていて良かったと書かれた手紙の重みを知った気がして、涙が溢れ出した。
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