君が好き
 次に意識を取り戻したとき、碧は柔らかいベッドの上にいた。
 心電図の音、呼吸器から返ってくる温かい息、静かな空間で人を感じさせるものが一切なかった。
(死ねなかった)
碧は力の入らない瞼を持ち上げ、細い目で辺りを見回した。
 目に入ったのは点滴の針が刺さった腕と白い壁、扉だけであった。
(……いない)
椅子が一つも出ていない部屋を見て、碧は涙を溜めた。
「……まったく、何て母親だ」
「可哀想ですが、最近の母子なんてこんなものですよ」
「お二方、意識がないとはいえ、患者の負担になる言動は禁止ですからね」
慌しく向かってくる足音に驚き、碧は咄嗟に眠っている振りをした。
(見舞い?)
碧は心のどこかで期待を持った。
 トントン、扉を叩く音がした。
「碧くん、失礼するよ」
碧はあくまで眠っている振りをした。
 扉が開くと、大勢の足音が碧に寄ってきた。しかし、碧は平静を装った。
 医師が碧の脈を確かめ、心電図の確認をした。
「どうです?」
「ええ、安定しています。いつ目を覚ましてもおかしくない状態です」
「……そうですか。一週間も寝たきり。 ……可哀想にな」

「まぁ、自殺を図るくらいですから、目を覚ましたくないのでしょう。 ……目を覚ましても帰る家がなくなりましたしね」
「井本」
太い声が部屋中に響いた。
 井本は恐縮して肩をすくめた。
 部屋は静けさを取り戻した。
 碧は自分の瞳から涙が落ちるのを感じた。泣くつもりは微塵もなかったが、自然とこぼれ落ちた。
「碧くん?」
看護婦と思われる女性の声を聞き、碧はゆっくりと目を開いた。
「いつから意識が戻っていたの?」
「……」
中年の男性が少し若いもう一人の男性を睨みつけたが、その男性は面倒くさそうに頭を掻くだけであった。
< 2 / 40 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop